古川日出男
FURUKAWA HIDEO
小説 Novel
『曼陀羅華X』新潮社
「お復習(さら)いしましょう。ワタシ実況しながら、呆然と‥‥ボー然としているんだから。慄然としているんだから。さあ頭の、ア・タ・マの内側(なか)に地図を描きましょう。アナタのアタマのその内側の、その脳内スクリーンに。これです。ザ・ロォォォォッ‥‥ド、オペラの舞台(スクリーン)たる街が中央にある。その北にいなごの大群、これが南進した。西にもいなごのひと群れ、これは東進した。ひと群れとは言っても千人はゆうに超えているという情報が。二、三千人?でっ、南にもクラスター状のいなごが湧いてっ、もっちろん北進だ! 東。相撲の行司ふうに言ったら、ひがぁ〜し〜。うわあっ、目下(いま)はこぶしを回している場合じゃない、ここの東には品川埠頭があるのか?だとしたら東京入管があったよな?あるよね、東京入国管理局。
(中略)
あのですね、リスナーのみなさん。いなごたちは本日、目新しいプラカードを掲げておりまして。そこには三文字の漢字と、ひらがなで『へ』、つまりエですね、助詞の、が書かれていて。不届き極まりないことに漢字のうちの三つは、陛下の、天皇陛下の、天皇でして。それとワタシはさっきアナタのアタマがどうのと言ったけれども、リスナーのあなたのア・タ・マと言ったけれども、その頭という文字。漢字。脳味噌の容れ物ね。ですから、そっとイマジン。『天皇』に『頭』に、ひらがなの『へ』。すると四文字でーー。
いやいや、その『頭』はアタマとは読みません。
音読みでズだ。
『だから『天皇頭(てんのうず)へ』だ。
そしてこれもいいんですね、キワさん?この生放送で言っちゃって?はいっ。りんかい線の天王洲アイル駅の、構内(なか)から、ここって地下駅なんだけども、いなごたちが、いま、ドワッと!湧いてます。いまというかもう湧いてます。ぜんぜん噴出だっ。‥‥なんだよぅ、つまり最初から、ここ天王洲が標的かよぅ。とワタシは思った。泣ける。うう。つまりですね、このいなごという社会運動のメッセージは、あれだ、日本国憲法をどうするかだ。どうするかって答えは一つで、改正しましょう、だ。そのために、九条までを再検討だ。すると筆頭に来るのは、天皇制‥‥象徴天皇制で。そういうイシューで。あ?筆頭だからアタマ?そっか。なのかもね、おもしろい着想だね。なぁんて言えん!
(中略)
山手線のトラブルに戻りますが、あれはシステム障害との速報も。‥‥電子的なテロじゃないよね、これ。というのを、きっと警察も懸念した。どうやら警官隊は『そっちに行かねば』となった!先にね。しかもJ R山手線は、二十‥‥八駅だっけ?九駅だっけ?いっぱいあります。んで。遅れたかぁ。やられたかぁ。なんだコレ。しかし来たんだね?来て、なんだコレ?天王洲の‥‥湾岸騒乱じゃん。
『曼陀羅華X』より
古川日出男による、トポスでの『曼陀羅華X』の朗読(土地への記憶化)
2021年12月11日(土)15:27〜15:34
Longitude: 139° 45' 0.162" E Latitude: 35° 37' 15.252" N
りんかい線「天王州アイル」駅近くの広場
古川日出男 FURUKAWA HIDEO
1966年福島県生まれ。1998年、長篇小説『13』でデビュー。代表作に『アラビアの夜の種族』『LOVE』『女たち三百人の裏切りの書』『ベルカ、吠えないのか?』『聖家族』『南無ロックンロール二十一部経』『木木木木木木 おおきな森』、戯曲『冬眠する熊に添い寝してごらん』、現代語全訳『平家物語』、ノンフィクション作品『ゼロエフ』など。初期から継続している朗読活動を中心に他分野の表現者とのコラボレーションの機会も多く、小説執筆にとどまらない多様な文学表現に取り組む。